2006年3月19日 (日)

3月は引っ越しの季節

 いつも当ブログをご愛読いただきありがとうございます。おかげをもちましてアクセス数も10000件に迫りつつあるのですが、さまざまな見地から鑑みまして、このたび当ブログを引っ越すことになりました。しばらくこのページは残しますが、基本的に今後、更新作業を行う予定はありません。
 常連の皆様方には大変ご不便をおかけしますが、今後はこちらのブログにて、装いも新たに、より見応え読み応えのある執筆を続けていく所存ですので、これに懲りず訪れていただければ幸いです。
 新サイトへの皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。

                     ADAKEN

新サイト「オタクの目」

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2006年2月25日 (土)

実況の金メダリスト・刈屋アナウンサー

 きょうはもう何もいうことはあるまい。荒川静香の金メダルは見事いうほかない。先に指摘したとおり、やはりヒロインは強かった。朝8時まで起きていてよかった。

 で、何に感心したって、荒川選手の演技以上に感心したのはNHK・刈屋富士雄アナウンサーの神業ともいえる実況である。2年前のアテネ五輪で、「伸身の月面が描く放物線は、栄光への架け橋だー」という名セリフを残したことで一躍有名になったあの人だ。長野五輪からNHK杯フィギュアなどを通して長年彼女を見つめてきた刈屋アナから聞かれた「これまで9年間見てきましたが、これほどすばらしい荒川選手の演技を見たことがありません」という言葉には、最高の説得力と、アナウンサーとしての充実感が満ちあふれていた。
 そして、荒川選手の金メダル獲得が決まったあとに語った言葉。

「よく『オリンピックを楽しみたい』という言葉を口にする選手がいるんですけれども、最高に仕上げて来た人がはじめて楽しめるんですね」

 圧巻である。解説者(佐藤有香の解説も決して悪くないが)の存在を忘れてしまうほどの、プロフェッショナルの実況を聞いた。
 煮え切らない日々が続いてきたトリノ五輪だったが、一つの実況にすべてが報われた思いだ。

おまけ、イナ・バウアー

        _ ∩
      ⊂/  ノ )
      /   /ノV   
≡≡≡≡し'⌒∪
     '┴┴ ┴┴'
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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2006年2月22日 (水)

オタク的フィギュア3人娘の見方

 先ほどはまじめぶった話を書いてしまったが、わりと反響があったようなので一安心。
 で、ここからは下世話な話。安藤美姫選手の涙をかばった形になったが、私の好みは残念ながらミキティではない。美人で色気もあって(個人的に眞鍋かをりに似てると思う、異論があればコメントどうぞ)特に落ち度はないのだが、オタク的な見方では彼女は何かが違うのである。
 村主章枝も、やはり何かが違う。彼女はミキティとは違う色気を感じる(俳優の古田新太が「ミキティと村主ではいるお店が違う」とラジオで言っていたが妙にツボにはまった)。たれ目なところにかわいらしさを感じるがオタクの好みではない。
 オタクの私にとっては、荒川静香こそナンバーワンなのである。3人の中でも特にスラッとした体型と、演技に臨むときのキリリとした表情は、戦隊シリーズのヒロイン、それもピンクではなくイエローのイメージと完全に合致するのである。
 昨今のオタク風潮からすれば、萌え系に近いミキティの方がオタクの好みのように思われるかもしれない。しかし、特撮を基盤にした私のような昔ながらのオタクにとってはそうではないのである。
 強気だけは人一倍だがたちまちピンチに陥って、あわやというところでレッドに助けられるのがピンクの典型(今年のボウケンジャーは違うようだが)だとすれば、自ら危険に飛び込んでいって、ピンチには陥るもののギリギリのところで自らの力で危機を脱するのがイエロー・ヒロインのイメージだ。そんなキャラクターが、荒川静香には似合うのであり、オタクはそれを重ね合わせて妄想に走るのである。
 そんな頼もしいお姉さんキャラの荒川選手の活躍を期待しつつ、今宵はしばし短い眠りにつくとしよう。

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2006年2月21日 (火)

日本人スポーツ記者の水準

 安藤美姫選手が記者会見の場で大泣きしたことが話題になっている。トリノ五輪フィギュア・スケート女子の競技を前にした心境を日本代表の3人に聞くという会見で、最後の質問だかで安藤選手に日本のテレビ局の記者が「亡くなったお父さんにどのような誓いを立てて滑るか」と訪ねたのが引き金になったようだ。
 いったいこの記者は何を安藤選手にさせたかったのだろうか。この記者は桂小金治か(古い!)。安藤選手の涙を引き出して競技前の絵にでもしたかったとすれば、実に古典的な手法だ。そして、スポーツ記者として破廉恥で卑劣極まりない行為だ。競技前で周囲が選手の気持ちに気を遣っているなかで、それを揺さぶるような質問をしてどうする。まして活躍を期待しているはずの自国の選手に向かって。この国のスポーツジャーナリズムの水準というやつをかいま見た気がする。

 興味深かったのは、この会見を受けての各マスコミの扱いだった。
「美姫、涙の誓い!亡き父に捧げる演技を…4回転トライ宣言」(サンケイスポーツ)
「美姫大泣きで会見打ち切り」(日刊スポーツ)

 前者のサンケイスポーツはこの記者に便乗した見出しだ。記事の内容を読むと、質問した記者を批判するような書き方になっているが、この見出しがそれを全否定してしまっている。新聞では記事を書く人と見出しを作る人が別の場合が往々にしてあるのだが、見出しを作る人の方が権限が強い。つまりいかに充実した内容が書かれていようがこの見出しがこの新聞のスタンスということになる。すなわち、サンケイスポーツは安藤選手の涙で新聞を売ろうとしたわけである。
 一方の日刊スポーツ。こちらは「会見でハプニングが起きた」という事実を比較的冷静に書いている。サンケイに比べると見出しも落ち着いている。だが、安藤選手の写真を大々的に載せているところに色気が覗く。
 このようなスポーツ紙に対して、一般紙やNHKは一様にスルー。民放テレビについては見ていないのでわからないが。
 一般紙やNHKの記者はスポーツ選手の会見では競技のことだけ書くという線引きができているため、何に触れるべきではないかという判断ができるのだが、民放テレビやスポーツ紙はそのあたりが曖昧、よく言えば自由、悪くいうと節操がない。
 今回の五輪でも、日本選手はもっとメダルが取れるはずという妄想を多くの国民に与えたのは、「成田童夢メダルへ」「原田メダルだ」などとはやし立てたのは民放とスポーツ紙、さらにNHKだ。今回の問題質問も、そうした土壌が生み出したボロだ。ただ、こうした報道姿勢は今後改まるかというと、まずそれはないだろう。6月のドイツワールドカップでも、2年後の北京五輪でも同じことが繰り返されよう。
 だが、読者、視聴者はすでに気付いている。こういう報道姿勢が嘘くさいことを。現に今回はまったく結果が伴っていない。スポーツ新聞も売れていない。旧態依然の卑しい姿勢を続ける限り、自滅の道をたどることになろう。

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2006年2月13日 (月)

日の丸飛行隊よふたたび

 トリノ・オリンピックが始まった。表向きは「意外な残念な結果」が続いている日本勢だが、知り合いの複数の運動記者の見方によれば「確実にメダルが取れそうなのは女子フィギュアの3人のうちどれかとスピードスケートの加藤条治くらい」なのだそうだ。これら以外でメダルが取れればサプライズと思ってみれば、かえって安心してみられるというものだ。
 とはいえ、札幌の「日の丸飛行隊ワンツースリー」や長野での盛り上がりを知る身としては、ジャンプ陣のふがいなさは寂しい限りである。原田雅彦に至っては想定外の規定違反で失格。牛乳1本分足りなかったとは、雪印乳業の広告塔の名がなくというものだ。
 原田というと、個人的に思い出すのは94年のリレハンメル・オリンピックの際のことである。長野での感動のおかげでもうすっかり忘れておられる人も多いだろうが、長野の原田が感動のカリスマとなりえたのはリレハンメルでの団体戦での失敗ジャンプがあればこそである。
 その団体戦で日本が銀メダルに終わった翌日、前もってアポを入れておいた取材の仕事で、雪印の役員に面会した。当時私は経済部の記者をしており、取材の趣旨は同社の業績に関するものだったのだが、当然、話は前日の原田雅彦の失態にも及んだ。相手のI常務は「あいつはいざというところで度胸がないんだよな」と広告塔のふがいなさをエラそうに嘆いたのが印象的だった。ちなみのそのI常務、その後社長にまで出世したのだが、2000年の集団食中毒事件で逮捕された(テレビにもたびたび登場したので見覚えのある方もおられよう)。
 話がそれ気味だが、そんな自社の役員にも叩かれながらがんばってきた原田だけに、こんなふがいない終わり方(バンクーバーもでえるのか?41歳になるが)は残念この上ない。
 もう一つ、ジャンプがらみで忘れられないことがある。
kasaya  92年12月のこと。やはり企業業績に関する取材で、ニッカウヰスキーの役員にアポを取り、表参道の同社本社を訪れた。受付の前で待っていると奥から広報担当の人がやってきた。「広報部長の笠谷と申します」と挨拶とともに名刺を交換した。広報にしては妙にぎこちなく、記者慣れしていない様子の、背がすらっと高いのが印象的な中年男性だ。受け取った名刺を見ると「笠谷幸生」という名前(写真)。どこかで聞いたような。
 一通り取材を終え、記者クラブに戻りながら、どこかで聞いたことのあるその広報部長の名前が気になってならない。ふと、札幌オリンピックの金メダリストと同じ名前であることを思い出した。クラブに戻り、同僚の先輩にその話をすると、「それ本人だよ」といわれあ然。図らずも、あの日の丸飛行隊の隊長と「普通の人扱い」で会話を交わしてしまったのである。
 後日、テレビで笠谷氏のインタビューを見た折、確かにあのニッカウヰスキーの広報部長であることを確認した。だが、20年も前にテレビで見た姿から、いざ本人を目の前にしたところで気付かないのは当たり前。まして、スーツ姿の日の丸飛行隊では。

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